摘便の思い出 ―患者さんの苦痛に心から寄り添うこと― 

新人看護師・看護学生にもできる優しい援助

排泄の援助は難しいですよね。誰しもが「死ぬまで誰の世話にならずに自分で行いたい」という望みを持っているからです。排泄のタイミングや方法など、個人に合わせた方法で介助を行うことができれば、スッキリと排泄でき満足が得られるでしょう。しかし、寝たきりの患者さんとなると、排泄に他者の手を借りねばならず、身体的・精神的苦痛を伴うことが多くなります。看護師は患者さんとの信頼関係を築いた上で、患者さんの人としての尊厳を守るための配慮を十分に行う必要があります。また、患者さんの苦痛に心から寄り添うことが重要です。

エピソード:摘便の思い出 ―患者さんの苦痛に心から寄り添うこと―

看護学生の時に、今泉さんという70代の男性を受け持たせていただきました。慢性呼吸不全の患者さんで、気管切開をしており、人工呼吸器を装着していました。喉から気道までを切開し、穴が塞がらないように気管カニューレという管を入れ、そこに人工呼吸器を装着しているので、声を出すことができません。しかし、意識ははっきりしていました。言葉での会話はできませんでしたが、アイコンタクトやジェスチャー、筆談などを用いながらコミュニケーションをとることができました。寝たきりで寝返りを打つことができない今泉さんは、日常生活動作に全介助が必要でした。

学生の頃の私は、人工呼吸器がついている方とどのように接したらよいのか分からず、声をかけるのも、体を触るのにも戸惑いました。さらに、骨ばった体で、いつも怒った表情をしていて(怒っているように見えて)、接するのが怖かったのを覚えています。私は技術力がないにもかかわらず、几帳面でマイペースだったため、何をするにも時間がかかりました。今泉さんのやせ細った腕で血圧を一回で測ることができず、測りなおそうとすると、「ぺちっ」と手を叩かれました。今泉さんの顔を見てみると、声は聞こえないのですが、「ちっ」と、舌打ちをしているような気がして、余計に焦ってしまいます。それでも、「もう一度血圧を測らせてください」と頭を下げながら、何とか血圧を測らせてもらうような日々でした。はっきり言って、実習が苦痛で仕方がありませんでした。

あるとき、看護師さんと今泉さんのオムツ交換の援助に入らせていただきました。オムツを開けてみると、良い硬さのまとまった形の便が中等量でていました。私は、とても嬉しくなってしまいました。なぜなら、いつもはコロコロの便を少量しか自力で出せず、看護師さんが摘便をしていたからです。摘便とは、便の貯留があり、自然排便ができない患者さんに対して、肛門から指を入れて便を用手的に排出するケアです。その摘便の処置の際は、決まって私が今泉さんの側臥位を保持し、看護師さんが処置を行なっていました。私は体位保持をしながら今泉さんの表情を見るのですが、いつも声にならない悲鳴を上げていて、毎回、本当に辛そうでした。私は「もう少しで終わりますよ。」と声をかけるのがやっとでした。でも、その日はとても良い便がでていました。今泉さんの顔を見るとスッキリとしているような表情に見えました。(眉間にしわを寄せていましたが。)

私はいつも便を出すのに苦しんでいた今泉さんを知っていたので、本当に嬉しくなってしまいました。そして、あろうことか便がでたオムツを取り外し、「こんなに良い便がでましたよ。スッキリしてよかったですね。」と、今泉さん本人に便を見せたのです。今泉さんは目を丸くしていました。今泉さんは寝たきりなので、よく見えるようにと思い、オムツを傾けました。すると、あろうことか、便が今泉さんのお腹の上に落ちてしまいました。・・・やってしまった。調子に乗り過ぎたと思いました。今泉さんは、絶対に怒っている。やばい。やばい。と思いながら恐る恐る今泉さんを見ると、・・満面の笑顔でした。声は出ないのですが、大爆笑していました。(人工呼吸器がピーピーなっていました。)

看護師さんの怖い視線を受けながら、今泉さんに平謝りし、手袋をした手で便をお腹の上からすくい取りました。(今でもあの時の便の温かさを覚えています。)そのあとは必死に腹部を清拭し、病衣を着てもらい、部屋を後にしました。看護師さんにもの凄く怒られましたが、私は怒られたことよりも、今泉さんの大爆笑している顔がなんとも嬉しくて、嬉しくて仕方がありませんでした。

20年以上前の出来事ですが、いまだによく覚えています。20年前は、このことがきっかけで今泉さんに近づくことができ、仲良くなれて嬉しいという思いでしたが、今は認識が変わりました。その出来事までの私は、恐々と腫れ物を触るように今泉さんに接していました。嫌われないように、怒られないようにと思っていました。今泉さんに私はどのように思われているのかを気にしていたのだと思います。しかし、この場面では、今泉さんにとって辛い事に注目し、何が重要なのか(痛みを伴わずに自分の力だけでスッキリと排泄できたこと)の本質を感じ取り、患者さんの苦痛に心から寄り添うことができていたのだと教員になってから気づきました。便がでてよかった。嬉しいという気持ちをしっかりと今泉さんに伝えることができました。患者さんのことを思ってのとっさの行動でしたが、今泉さんの心に私の思いが届いたのだと思います。

まとめ

患者さん中心の看護、患者さんに寄り添う看護、個別性のある看護。言葉で表現するのは簡単ですが、人と誠実に向き合うことや、自分の思いを相手に伝えることは、とても勇気がいることです。でも、患者さんにとって何が大切なのかを常に考え、あきらめずに行動するという姿勢が信頼関係の構築につながるのだと思います。看護は1人で行うものではありません。チーム内で、実習グループ内で、その患者さんにとって何が大切なのかを相談し確認しながら、日々看護を実践していきたいですね。

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