基礎看護実習、初日の指導案を解説します。
基本設定は、
基礎看護実習1(7日間)
実習目標:看護の対象を理解し、看護の実際を知る
実習内容:担当する患者さんとのコミュニケーション
看護師と共に、看護援助を体験する
実習時間:8時30分~16時30分(昼休憩1時間)
です。
それぞれの看護学校や大学によって、先生方の考え方によって、実習での指導方法は様々だと思います。
これは、教員にこが、10年間実習指導を続けてきた中での、私なりの工夫が盛り込まれた指導方法です。
私自身の失敗や体験に基づいたものなので、参考までに、ということで、お願いいたします。
私が大事だと考えている以外にも、大切なことがあるかもしれませんが。
私の学びを看護教員や看護師さん、実習指導者の皆さんと共有でき、お役に立てたら嬉しいです。
学生が担当患者さんと会話している場面を観察する。
学生は、実習目標である「看護の対象を理解」しようと、実習が始まる前から準備をしてます。
実習でポケットに入れて持ち歩いているメモ帳に、患者さんに尋ねる内容のリストを作っているのです。
- ヘンダーソンの「基本的欲求14項目」
- ゴードンの「11の機能的健康パターン」
- WHOの「健康の定義:肉体的・精神的・社会的・(霊的)」
など、看護学概論で学んだことをベースに準備している学生が多いように思います。
全ての項目を網羅しないと、聞きださないと、対象理解ができないと思っているかのようです。
このまま、学生を患者さんのところに向かわせてしまうと、患者さんが質問攻めにあってしまいます。
患者さんは、学生の学習のために療養しているのではありません。
自分の疾患を治療したり、コントロールするために入院されています。
患者さんのご厚意で、学生は担当させていただきます。
なので、学生の頑張るぞーという前向きな思いが、逆に患者さんの療養上の負担にならないようにと思いながら。
学生に、エールを送ります。
みんなは、誰かの役に立ちたい。病んでいる人のために頑張りたいという気持ちで、看護師を目指しているんだよね。
今日から、初めて患者さんと関わります。
その優しい気持ちを大事に、患者さんと向き合ってください。
入院されているということは、どこかしら、つらかったり不安だったり苦しかったりするかもしれませんね。
その一番手当てが必要なところに気がつける優しさが、看護師には必要だと思います。
みんなも、そのつらさを知ろう・わかろうという思いで、患者さんに向き合ってみてください。
患者さんが辛そうだな、とか、疲れてそうだなと思ったら、患者さんにお尋ねし、会話をきりあげましょうね。
看護師さんに、「15分ほどベッドサイドで会話をしたのですが、お疲れの様子だったので戻ってきました。」など、報告も忘れずにしましょう。
最初は、患者さんに声をかけるのにも勇気がいると思いますが、皆さんなら大丈夫だと思いますよ。
どうしても勇気がでないときは、私がいますからね。
一緒に患者さんのところに行きましょう。
それでは、皆さん、いってらっしゃい!
そして、学生が患者さんのところに行き、担当患者さんと会話が始まったかどうかを、それとなく見て回ります。
患者さんと学生が会話をしている様子を見守る視点として、私が重要視しているのは、患者さんと学生の距離です。
患者さんと良好な関係を築きやすくなる距離感で会話しているかな?
看護師さんは、バイタルサイン測定や清潔ケア、採血や点滴管理など、患者さんの身体に触れる機会が多いです。
また、個別性をふまえたコミュニケーションスキルが高く、患者さんとの信頼関係も築けています。患者さんとの距離感も絶妙です。
(患者さんが看護師さんを信頼している分、患者さんと看護師さんの距離が近いように思います。)
見ていて、すごいなぁと感心します。
しかし、学生が看護師さんを真似て患者さんと会話しようとすると、うまくいきません。
理由の一つは、患者さんとの距離です。
患者さんとの関係性ができていないのに、近づきすぎたり遠すぎたりするためです。
患者さんにも、学生にも、パーソナルスペースがある。
パーソナルスペースとは、
他人に近付かれると不快に感じる空間のこと。一般に女性よりも男性の方がこの空間は広いとされているが、個人の性格やその相手によっても差がある。一般に、親密な相手ほどパーソナルスペースは狭く(ある程度近付いても不快さを感じない)、逆に敵視している相手に対しては広い。
つまり、
- パーソナルスペースは親しい人には狭く、関係が浅い人には広くなる
- パーソナルスペースに侵入されると「不快」に感じる
ということです。
他人が自分のパーソナルスペースに入り込むと不快に感じるため、無意識に距離をとろうとしたり。
さほど親しくない人が、いきなり近くに来てビックリしたり、失礼な人って思ったりしますよね。
学生は、看護師さんの行動を見よう見まねで、患者さんとのコミュニケーションを頑張ろうとするのですが。
患者さんのパーソナルスペースにいきなり飛び込んでしまったり。
我慢しながら、自分のパーソナルスペースを狭くして頑張っていることもあります。だんだんつらくなります。
最終的には、患者さんから嫌な顔をされてしまったり。
コミュニケーションに苦手意識を持ったまま実習を終えてしまうことがあるため、そのようなことにならないように、支援したいと考えています。
よく、学生カンファレンスで、「患者さんとのコミュニケーション」について取り上げます。
学生からは、
- 初めての実習で患者さんと上手に関われているか不安
- 患者さんとどのような距離感で話せばいいかわからない
- いつも患者さんと関わるのに時間がかかる、または上手く関われずに実習が終わりそう
- 人と関わるのが苦手。挨拶が精一杯で、なかなか会話が続かない。
などの相談があるのですが。
カンファレンスでの学生の説明や相談を聞いただけでは状況がよくわかりません。
私が助言しても、的を得た助言になっていなかった時もありました。
(学生の表情や反応がいまいちでした。)
そこで、実習の早い段階で、学生と患者さんとの会話の様子を観察するようにしました。
そうしたところ、
- 患者さんが不快に思う距離感(患者さんのパーソナルスペース)を把握していない学生がいる。
- 学生個々のパーソナルスペースに配慮したコミュニケーション上の助言が必要である。
という考えに至りました。
患者さんが不快に思う距離感を把握していない学生への支援
一般的に、パーソナルスペースには以下の4つの距離があります。
パーソナルスペースの4つの距離
- 公衆距離(350cm以上):講演会などでみられる距離。相手との距離が離れているため顔や表情がわかりずらく、個人的なやりとりが困難な状態。路上や電車のホームなどでこの距離を保つことが出来ていれば相手に不快に思われることはほとんどありません。
- 社会距離(120~350㎝):同僚や上司、取引先での接待で用いられる距離。会議などのビジネスで多く用いられ、テーブル越しに会話する距離。初対面の相手や面接での距離に最も適していると言われています。看護実習の場面で言うと、指導者への報告・面談などが当てはまります。
- 個体距離(45~120㎝):相手の表情がわかり、手を伸ばせば体に触れることができる距離。ある程度関係性が構築出来ている親しい友人や恋人、家族との距離。看護実習の場面でいうと、患者さんの清潔ケアなどをする時が当てはまります。
- 密接距離(0~45㎝):恋人や家族など許された人のみが立ち入ることが出来る距離。会話よりスキンシップを目的とした距離。赤ちゃんへの愛情表現など。
周囲の状況を見ながら行動できる学生(空気が読める学生)は、患者さんとの距離感を掴むのが比較的上手です。
いきなり患者さんのパーソナルスペースに入ることはありません。
学生が患者さんと関係性ができていない状況で会話をするときは、社会距離(120~350㎝)から始めるとよいと思うのですが。
「看護師さんのように、患者さんと関わってみよう。」とか、
「いつも消極的だから、実習では積極的に頑張りたい。」とか、
「患者さんと仲良くなりたい。色々なお話を聞きたい。」と思っていると。
気持ちが前に出すぎて、個体距離(45~120㎝)を取っていることがあります。
いつもなら、空気が読めて行動できる学生も、初めての実習で緊張してしまい、患者さんのパーソナルスペースに入ってしまっていることもあります。
そんな時は、患者さんとの会話の区切りがついたところで、学生に声をかけます。
〇〇さん、患者さんとお話できたかな。
さっき、〇〇さんと患者さんがお話しているところを見て、
患者さんとの距離が近いように思ったんだ。
関わり始めたばかりだけど、関係性ができてきたのかな。
私が感じたことをそのまま伝えることがポイントです。
良い、悪いの判断は加えません。
学生は、自分が患者さんと会話をしていた場面の印象を、第三者(教員)から客観的に伝えられることで、少し冷静になることができます。
そして、患者さんと会話していた時のことを落ち着いて振り返ることができます。
初めての実習では、患者さんと会話ができただけでも嬉しくなってしまうものです。
このように、学生に声をかけるだけでも、学生はハッとします。
いつもの自分を取り戻せたら、会話を振り返ることができ、次からのコミュニケーションに活かしていくことができます。
なお、中にはハッとしない学生もいるので、その時には、気づけるように具体的に指導を加えていきます。
「相手のことが良くわからないのに、近いところで話しかけられたら、あなたはどう思う?」
「さっき、あなたと患者さんが話していた距離感は、あなたの負担になっていませんでしたか?」
などです。
その時の状況によって、指導の内容は変わりますが、
- 患者さんにとって不快な距離感ではなかったか
- 学生自身の負担となる距離感ではなかったか
といった視点で助言していきます。
学生が、「次は、そうしてみよう!」と、気楽に、そしてすぐに取り組めるような助言を意識しています。
「患者さんのところに行くのが楽しみ。次は、このようにアプローチしてみよう。」と、
学生が思えるような指導を心がけています。
パーソナルスペースが狭い傾向の学生への支援
患者さんも個別的な存在ですが、学生も個別性のある尊重されるべき存在です。
そのため、学生個々のコミュニケーションの傾向を見きわめて助言をする必要があります。
パーソナルスペースが狭い傾向の学生は、基本的に人と接するときの距離感が近いです。
パーソナルスペースが狭い学生の特徴としては、
- 社交的
- 自分に自信がある
- 客観的に物事を考える
- 外への関心が強い
- 異性の友達が多い
つまり、社交的で、誰とでもすぐに友達になれるという特徴があります。
また、自分に自信があるため、実習でも積極性があります。
教員に対しても、親しみを持って接してくる学生が多いように思います。
しかし、自分のパーソナルスペースが狭いため、相手のパーソナルスペースに必要以上に踏み込んでしまう可能性もあります。
〇〇さん、あなたはその距離感でも問題ないかもしれないけど、患者さんにとってはどうかしら。
「〇〇さん、あなたの友達となら、その距離感でいいかもしれないけど、患者さんとならどうかな。」
「〇〇さん、あなたのご両親や、おじいちゃん、おばあちゃんならいいかもしれないけど、あなたよりも長く生きていらっしゃるご年配の方に、その態度や言葉遣いはどうかな。」
・・・。
学生によって。患者さんによって。また、状況によって。
助言する内容や、言い方、助言する場所にも配慮します。
ナースステーション内で、軽く助言することもあれば。
他の学生や看護師さん達のいない場所で、しっかりと助言することもあります。
どの学生に対しても言えることですが、学生に威圧感を与えないように。
指導したい内容が素直に学生に入っていくように気をつけています。
そして、一度患者さんに不快感を与えてしまうと、関係がギクシャクしたり嫌悪感を抱かれる原因にもなります。
学生自身のパーソナルスペースが狭い場合には、注意が必要です。
パーソナルスペースが広い傾向の学生への支援
パーソナルスペースが広い学生は、基本的に人と接するときの距離感が遠いです。
パーソナルスペースが広い学生の特徴としては、
- 神経質
- 内向的な性格
- 自分に自信がない
- 人見知り
- 集団行動が苦手
つまり、自分に自信がなく、すぐに他人と比べてしまうので、自分を守るために警戒心が強くなりがちです。
気軽に他人とコミュニケーションを取れないため、実習中の行動も消極的に見えます。
しかし、患者さんや看護師さんと接する時には、相手のことをよく考えて、慎重に言葉を選びながら会話をすることができます。
〇〇さん、あなたの思っていることや考えを患者さんにお伝えする時に、その距離感でうまく伝わりそうかな?
「〇〇さん、頑張って患者さんのところに行っていたね。患者さんはおおらかな方だから、もっと側に行って、大きめな声で話しかけても失礼ではないと思うよ。」
「〇〇さん、そんなに心配そうで気にかけているのに、あなたの方から患者さんにアプローチしなかったら、わかっていただけないかもしれないよ。先生と一緒なら、勇気が出せそうかな?」
「〇〇さん、患者さんのことが気になっているみたいだね。先生も気になるから、一緒に患者さんのところに行ってみてもいいかな。」
などと、学生によって。患者さんによって。また、状況によって。
助言する内容や、言い方、助言する場所にも配慮します。
パーソナルスペースが狭い学生とは違い、他の学生や看護師さんの前では助言しません。
自分に自信がなく、他人と比べられるのを嫌がる傾向があるからです。
関わり方に自信がない、関わり方がわからないのであれば、教員がモデルを示す。
そして、学生と一緒に患者さんと会話をしてみる。
学生の優しさや頑張りを大切にして、出来ていることを認めながら、少しずつ自信をつけてもらう。
時間をかけた丁寧な支援が必要になると思います。
パーソナルスペースは、あくまでも目安です。
学生と患者さんふたりともパーソナルスペースが狭ければ、学生が学生が近くにいても患者さんは不快に思わないかもしれません。逆に、少し距離を取っていただけで、他人行儀な学生だと思われるかもしれません。
いずれにしても、患者さんとの関係性ができていない時期は、言葉だけでなく、表情や態度なども同時に確認しながら関わることが大切です。
また、パーソナルスペースは、性別による傾向もあります。
性別で考えた場合、一般的に男性より女性の方がパーソナルスペースは狭いと言われています。
女性は男性よりスキンシップやコミュニケーションを好み、人との関係性を築くのも上手な傾向があります。
女性にとって普通の距離感でも、男性にとっては近いと感じるかもしれないということです。
また、看護学生は、女性がまだまだ多いです。
男性の看護学生も増えてきましたが、男性の看護学生に抵抗感のある患者さんもいらっしゃいます。
患者さんのパーソナルスペースに、不用意に踏み込んでしまうと、
- 嫌い・苦手だと思われる
- セクハラになってしまう可能性がある
- 人間関係のトラブルに発展する可能性がある
- 好意があると思われる
という恐れもあります。
初めての実習。
患者さんと良好な関係を築いていくためには、同じことを繰り返さないことが重要です。
何度も不用意にパーソナルスペースに入り込むと、嫌悪感を抱かれてしまうこともあり、実習で関わりにくくなってしまいます。
患者さん、学生にも、距離感が近い人や遠い人がそれぞれ存在しますが、特にパーソナルスペースが広い方との距離感には配慮が必要だと考えます。
まとめ
担当する患者さんとコミュニケーションを取り、看護の対象を理解する実習です。
臨床で働いている看護師さんは、「学生さんは、一人の患者さんとじっくりと関われてうらやましい。」と思われるかもしれませんが。
学生からしてみると、自分とは違う時代を生きてこられた患者さんを理解するのはとても難しく。
また、患者さんに自分(学生)を受け入れてもらうためには、自分自身とも向き合わなければならず。
とても苦しい思いをする学生もいます。
ですが、毎回の実習で、しっかりと患者さんと向き合い、自分自身とも向き合うことができれば、自分自身の理解も進み、一人の人間として着実に成長することができます。
そして、看護師らしい考え方が少しずつ身に付き、実習が楽しくなってきます。
「患者さんと話す話題を考えておこう」とか、
「患者さんに好印象を与えるためには・・」などの、小手先の対応ではなく。
(そういうことも大切ですが。)
一人の人間として、看護学生として、一人の人間である患者さんと向き合う、コミュニケーションの本質となる部分を、体験から丁寧に学んでもらうことも大切にしていきたいですね。
患者さんとの距離感の指導だけで、今回は終わってしまいました。
次回は、患者さんとコミュニケーションを取るときの位置関係について、解説したいと思います。
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